大判例

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仙台高等裁判所 平成4年(行コ)5号 判決 1992年12月22日

控訴人

八重樫友美

小野文昭

中野勇也

齋藤利美

菅原徹

遠藤典宏

吉田裕

内海望文

菊池次男

庄子勝雄

熊谷良晴

窪田薫

足立輝彦

長谷武志

佐々木健一郎

中野七郎

高成田吉彦

千葉利秋

金子忠昭

鈴木信幸

鈴木義和

庄子和

齋藤英明

金沢幸喜

由良博

千田芳明

宗川伸一

早坂宏

石沢智

伊東善昭

右三〇名訴訟代理人弁護士

松倉佳紀

鈴木宏一

松澤陽明

被控訴人

宮城県知事

本間俊太郎

右訴訟代理人弁護士

三輪佳久

右指定代理人

佐藤昇

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らに対し、昭和六二年一一月六日付けでした健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を同年一〇月三〇日をもって喪失したと確認した各処分をいずれも取り消す。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のほかは、原判決の「当事者の主張」と同一であるからこれを引用する。

(控訴人ら)

一  原判決は、「事業主の将来にわたる被保険者に対する報酬支払義務が消滅するに至ったときは、……被保険者資格も喪失する」と判示し、「報酬支払義務の消滅」が「被保険者資格の喪失事由」に該当するとの法律判断を示した。

そのうえで、原判決は、「会社と原告らとの雇用契約は形骸化しており、会社と原告らの使用関係は事実上消滅しているものと認められ、……被保険者資格喪失事由に該当する」と判示した。

二  しかしながら、控訴人らは、会社から解雇されたわけではなく、控訴人らと会社との間の雇用契約は依然として継続しているから、会社の控訴人らに対する報酬支払義務は消滅していない。

したがって、原判決の法律判断に従えば、控訴人らの被保険者資格は喪失していない、との結論になるはずである。

三  解雇という明確な法律行為の存しない状態で、会社の控訴人らに対する報酬支払義務が消滅したと認定することは、余りにも無謀である。

このことは、特に、労使間に争議があり、団体交渉が継続して持たれている本件においては、尚更のことである。

控訴人らは、現在、宮城県地方労働委員会において、別棟就労命令を受け入れることとして、職場に復帰するための手順、段取り、条件を詰めるための和解手続に入っており、近々控訴人らの就労が現実化する可能性は強い。

控訴人らと会社との間の団体交渉は、昭和五五年ごろから一貫して継続しており、本件処分時の昭和六二年一一月時点においても、今般の地労委の和解に至る可能性を残して、交渉が継続して持たれていたのである。

原判決は、このような状態のもとにおいては、将来にわたる被保険者に対する報酬支払義務が消滅したとの事実を認め難いため、肝腎の結論のところでは、「雇用関係の形骸化」「使用関係の事実上の消滅」という概念で逃げたのであるが、自らの法律的根拠に忠実に従えば、結論は逆になるはずである。

(被控訴人)

一  健康保険法一八条の「其ノ業務ニ使用セラレサルニ至リタル日」あるいは厚生年金保険法一四条二号の「その事業所に使用されなくなったとき」の趣旨が、事実上の使用関係の消滅を指すことは、被控訴人においてこれまで繰り返し主張し、原判決も同様に説示するところである。

「事実上の使用関係の消滅」ということを言い換えれば、それは、雇用関係の形骸化であり、就労して賃金の支払を受ける具体的見込みが立っていないことであり、また、使用者の立場からすると、報酬支払義務の消滅である。

原判決が「将来にわたる被保険者に対する報酬支払義務が消滅する」と言っているのも、将来永久的にという観念的な意味ではなく、雇用関係を実質的にとらえた、被保険者が賃金の支払を受ける具体的な見込みが立っていないということと同趣旨を述べているのであって、矛盾はない。

なお、労務者は、具体的就労をしなければ報酬を請求することができないのであるから(民法六二四条)、就労の具体的見込みがない以上、報酬請求権が発生しないことは当然である。

二  控訴人らは、現在別棟就労命令を受け入れることで職場に復帰するための和解手続を行っており、控訴人らの就労が現実化する可能性が強いと主張している。

しかしながら、仮に将来和解が成立するなどして控訴人らが就労し、会社が賃金を支払うようになることがあるならば、その時点で被保険者資格取得の手続(健康保険法八条、二一条の二第一、二、四項。厚生年金保険法にも同旨の規定がある)を行えば足りる。

将来、控訴人らと会社との間の紛争が解決し、両者の間に使用従属関係が生じるとしても、それは、昭和六二年当時の状況を踏まえて適正に行われた本件処分の効力に何ら影響を及ぼすものではない。

理由

一1  次の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  控訴人らは、会社(本山製作所)に雇用され、健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を取得した者であり、被控訴人は、健康保険法及び厚生年金保険法に基づき、社会保険庁長官の行う保険者の事務の委任を受けている者である。

(二)  被控訴人は、昭和六二年一一月六日、控訴人らに対し、控訴人らが同年一〇月三〇日をもって健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を喪失したことを確認する旨の本件処分をした。

(三)  宮城県社会保険審査官は、昭和六二年一二月二五日、控訴人らの審査請求を棄却し、社会保険審査会は、平成二年四月二七日、控訴人らの再審査請求を棄却した。

2  そこで、控訴人らについて、健康保険法及び厚生年金保険法所定の被保険者資格喪失事由があるかどうかについて検討する。

二1 健康保険法及び厚生年金保険法の規定によれば、健康保険法の適用を受ける事業所に使用される者は同保険の被保険者とされるが(健康保険法一三条)、その資格は、「其ノ業務ニ使用セラルルニ至リタル日」にこれを取得し(同法一七条)、「其ノ業務ニ使用セラレサルニ至リタル日」にこれを喪失するものとされ(同法一八条)また、厚生年金保険法の適用を受ける事業所に使用される者は同保険の被保険者とされるが(厚生年金保険法九条)、その資格は、「適用事業所に使用されるに至った日」にこれを取得し(同法一三条)、「その事業所に使用されなくなったとき」にこれを喪失するものとされている(同法一四条二号)。

そして、一般に、右の「其ノ業務ニ使用セラレサルニ至リタル日」及び「その事業所に使用されなくなったとき」とは、解雇、退職、転勤、事業廃止等により、事業主と被保険者との間の使用関係が事実上消滅した日をいい、使用関係が法律上も事実上も存在しなくなった日をいうものではない、と解されている。

2 ところで、健康保険法及び厚生年金保険法の規定によれば、健康保険の保険料は、原則として被保険者と事業主とが二分の一宛を負担するが(健康保険法七二条)、保険者である政府及び健康保険組合に対する保険料の納付義務は、被保険者の負担すべき保険料についても、原則として事業主がこれを負い(同法七七条)、事業主は、被保険者に対して支払うべき報酬から、被保険者の負担すべき保険料を控除することができるものとされ(同法七八条)、また、厚生年金保険の保険料は、被保険者と事業主がそれぞれ半額宛を負担するが、保険の管掌者である政府に対する保険料の納付義務は、被保険者の負担すべき保険料についても、事業主がこれを負い、事業主は、被保険者に対して支払うべき報酬から、被保険者の負担すべき保険料を控除することができるものとされている(厚生年金保険法八二条、八四条)。

3 これらの規定に照らせば、健康保険法及び厚生年金保険法が、「其ノ業務ニ使用セラレサルニ至リタル日」及び「その事業所に使用されなくなったとき」をもって被保険者資格喪失事由としたのは、事業主と被保険者との使用関係が事実上消滅したことにより、事業主から被保険者に対する報酬が支払われず、その結果被保険者が保険料を負担することができなくなることをその実質的な理由とするものと解される。

そうすると、たとえ法律上の雇用関係が存在する場合であっても、被保険者による就労拒否が著しく長期間に及び、その間、事業主が不就労を理由として報酬(賃金)の支払をせず、その結果、被保険者の負担すべき保険料が報酬から控除されることがないこととなり、かつ、被保険者が近々再就労をする具体的な見通しが立たないような場合には、事業主と被保険者との間の使用関係は、事実上消滅したものとみられるから、このような場合には、被保険者は「其ノ業務ニ使用セラレサルニ至リ」、あるいは「その事業所に使用されなくなった」ものというべきである。

なお、控訴人らが将来再び就労し、会社から賃金の支払を受け、右賃金から控訴人らの負担すべき保険料を控除される状態となったときは、あらためて手続をとることにより被保険者資格を取得することができるから、右のように解しても、再就労後の控訴人らにとって不利益となることはない。

三これを本件についてみると、<書証番号略>、原審における控訴人八重樫友美本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  全金本山支部は、昭和四七年春闘要求を行い、同年三月三一日、争議行為に入った。

2  会社は、昭和四七年一二月一八日、全金本山支部に対し、ロックアウトの通告をし、同日以降、会社の操業は、全金本山支部の脱退者によって組織された本山従組組合員及び非組合員によって行われていたが、会社は、昭和四八年七月二五日、ロックアウトを解除した。

3  会社は、ロックアウト解除後、全金本山支部組合員と本山従組組合員との衝突を避けるため、それぞれ別の工場に就労させることとし、工場を第一工場と第二工場とに分け、全金本山支部組合員に対しては、第二工場で就労するよう通知した。

これに対し、全金本山支部組合員は、右の就労命令は不当労働行為であるとして、第二工場での就労を拒否した。

4  全金本山支部組合員は、昭和五〇年二月二一日、仙台地方裁判所に対し、会社を被告として、別棟就労義務不存在確認及び賃金支払請求訴訟を提起したが、同事件は、長期中断状態で、現在も仙台地方裁判所に係属中である。

5  全金本山支部は、昭和五五年二月八日、分裂し、控訴人らが組織する全金本山労組が結成された。

6  控訴人八重樫、同中野、同長谷らは、昭和五二年八月一日、会社との団体交渉を終えて帰る途中、会社構内で、ガードマン、本山従組組合員から集団的暴行を受けて負傷したと主張して、昭和五五年七月二九日、右ガードマン及び本山従組組合員を被告として、更に、昭和五六年一月二四日、会社を被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

7  全金本山労組組合員と会社との間では、現在も争議が継続しており、仙台地方裁判所には、右の争議に関連した事件が前記4及び6の事件のほか多数係属中であったことから、同裁判所は、昭和六二年六月ごろ、右各事件について和解を勧告し、右各事件を含めた労使間の紛争全体を解決するための和解案を示したが、当事者の合意が得られず、右の和解の交渉は打ち切られた。

8  控訴人らは、ロックアウト解除後の昭和四八年七月二六日から控訴人らの被保険者資格喪失日とされる昭和六二年一〇月三〇日までの約一四年間、他の従業員と同じ場所での就労を要求し、会社の指示した場所での就労をしなかった。

9  会社は、控訴人らに対し、右8の期間中の賃金を支払わなかったが、控訴人らが右の期間中に負担すべき健康保険料及び厚生年金保険料は、会社の負担すべき保険料と共に、これを納付してきた。

10  控訴人らは、当審における口頭弁論終結日である平成四年一〇月二七日現在、会社に就労していない。

四右認定事実に基づけば、控訴人らは、昭和四八年七月二六日から昭和六二年一〇月三〇日までの約一四年間、会社に就労せず、そのため、会社から賃金の支払を受けることができず、その結果、自己の負担すべき保険料を賃金から控除されることがなく、かつ、被保険者資格喪失日である昭和六二年一〇月三〇日当時、控訴人らが近々会社に再就労をする具体的な見通しは立っていなかったのであるから、当時、会社と控訴人らとの使用関係は、事実上消滅していたものであり、したがって、控訴人らには、健康保険法一八条及び厚生年金保険法一四条二号所定の被保険者資格喪失事由があったものといわなければならない。

五以上のとおりであって、本件処分は適法であるから、控訴人らの請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)

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